Kalessin Action ― The Never Ending Endeavour ―

地震・火山専門の研究開発員のブログ。あららぎハカセ(理学)。つくばで高いところに行くモノ🛰の中身を作ってます。

何かが終わるというのは何かが始まる前触れなのかもしれない。

先日は日本の地熱開発について非常に悲観的な記事をアップしました。...が、全般的にはそうではないようです。


地熱発電:旧環境庁通知を見直し 自然保護との両立検討へ

 環境省によると、地熱発電所のうち10カ所は国立・国定公園内にあり、6カ所に限定した74年の規制は形骸(けいがい)化しているため廃止する。他の規制も再検討し、自然環境に配慮しながら発電を進められるようにする。


この環境省の取り決めこそが地熱開発の最大のネックになっていました。これを見直すというのは日本の地熱政策を推進に舵をきるということを意味します。また、別に現政権を批判する意図はありませんが、実は政権交代前後で経済産業省の方でも見直しが進んでいました。勉強会が開催されているほか、導入目標を掲げたプレスリリースも行われています。テレビでも何度かNHKで取り上げられています*1


"眠れるエネルギー 地熱を掘り起こせ"
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp263.html


とはいえ、この10年間、完全に停滞した地熱開発の再促進にあたっては過去の支援のあり方を問い直す必要があると思います。正直、僕は90年代までの地熱開発がいくら国から資金援助をうけていたとはいえ、あれでよかったとはとても思えないのです。これから先の地熱開発促進のありかたとは何でしょうか。科学コミュニケーションの重要性が広く認知されるようになった昨今、折角の好機と考え自分なりに考えをまとめてみました。


1)徹底した情報公開と環境への配慮
すべてがそうだとは言えないでしょうが、従来の開発のように政治家との不明瞭な接点や官僚の采配で計画が決まってしまうような状況ではキーになる人がいなくなったらそれでアウトな訳です。wikiをみてみる限り八丁原の地熱開発には旧通産省の元官僚の内田氏が大きく関与していた模様ですが、個人依存ではなく議論によって開発の意思決定が可能になるような仕組みをもうけるべきだと思います。
また、地熱開発に当たっては温泉業界との対話が必要不可欠です。とはいっても"なにがなんでも地熱開発反対"というような科学的根拠も事実提示も何もないような感情論がまかりとおる殆ど捕鯨論議みたいな現状の対話プロセスは排するべきです。


温泉の枯渇自体が単なる感情論であるとしても、地元の理解が必要不可欠です。お互いに納得が行くように、受け入れ自治体の不安を網羅的に把握し、それにどれだけ真摯に、科学的に答えていけるかは考慮されるべきです。原発のように大量の電力を確実に調達できる技術ではないので、原発マネーのようなことは考えるべきではないでしょう。"原子力は安全だ"というのが詭弁であるのと同様に、"地熱が環境負荷が全くない"というのも嘘です。地熱開発の持続性は継続的な調査によってもたらされるものです。また、開発である以上、相応の環境負荷は伴います。そのための調査はかなり綿密に行われています。そうした調査を公開し、説明責任を果たすというのは一つの考え方だと思います。具体的には以下のようなことを考えてみました。


a)影響可能性の調査とその情報開示
b)周囲の水質の継続的なモニタリング
c)持続可能であるための地熱開発の技術の温泉業界へのスピンオフ
d)万が一影響があった場合の、開発段階に応じた対策


こうしたプロセスを実行可能な形で整備していく事が重要と考えます。地元の個々の要望にマメに応えていくことが重要である一方で、なにかしらの形で地熱業界の方から全般的な開発作りに向けたルール作りに動いた方がいいと思います。いくら開発促進といっても貴重種が確認される地域や、自然間欠泉等の貴重な自然現象がみられる地域は除外すべきです。ブレーキとアクセルがある安全性の高いルールが必要と言えるでしょう。地熱開発自体は特に初期は利潤がなく、利権も絡まないからなおさらです。
日本地熱学会にも温泉業界との対話を探る動きがありますが、科学的な論拠に基づいた対話プロセスを地熱開発から積極的に模索すべきだと思います。


2)合理性を追求した予算配分のありかた
いくら開発に舵が切られているといっても開発ありきの予算配分では効率的な開発は見込めません。過去の地熱開発が十分に促進できなかったのは、候補地が国立公園内であることだけかというとそうではないと考えております。例えば以下のような指摘がなされています。

地熱開発促進調査の問題点と整理


(1)立地上の問題が無く、また資源量も確認されているが、コスト的問題から事業化が進まないもの(主としてC1,C2)
例:山葵沢、秋の宮、安比、皆瀬、・・・
→要するに経済的支援が必要
(2) 立 地上の 問題が無く、一定 の資源量も確認されているが、資源量評価 精度が不十分か確認資源量が少ないため、現実的な事業化モデルを作 成するまでに至っていないもの(主として、B, C2)
例 : 小 谷、奥尻西 部、八幡平、池田湖東部、・・・
→要するに技術的支援が必要(資源量の確実な把握のため)
(3)比較的精度の高い資源量が確認されているが、立地上(特に温泉)の問題があるため、事業化が進まないもの(主としてB, C2)
例 : 小 国、小浜、霧島烏帽子、白水越、雲仙西部、・・・
→要するに社会環境的 (政策的)支援が必要
備 考 : 各 種の支援は国民の目 から見て、妥 当なものである必要がある。
江原幸雄 地熱発電の経済性と開発リスクの考え方 経済産業省webページより


地熱開発及び調査自体はトータルで現在のスパコン位の予算はもらっています。とはいえ、現在18カ所ある商用の地熱発電所がその恩恵を十分に生かした結果とは思えないのです。
もちろん、地熱開発は単純に熱量の多い地域で可能ではありませんし時間も相応にかかるという点はあります。が、90年代に行われた成果は当然2000年代には反映されていいはずです....が、そうはなっていない。現在企業の方で開発可能な箇所が既に検討されており、そうした予備的な検討は80~90年代の調査に基づいているので"生かされていない"というのは厳密さを欠くし自分もそれで研究していた以上アンフェアでしょう。


しかしながら、です。


あの年数百億円にも上った予算は何処に消えたという思いが消えないのです。人件費?機材?ドリリング*2?ぼろぼろの地震計を携えてもはや宿泊所としてしか機能しなくなった九重の研究所にトータル数万でほそぼそと行っていた人間から見るとなぜだという印象があるのです。


先日のブログとは相反するようですが、予算廃止も一度とりやめにして全体的に見直して再出発という意味ではよかったのかもしれません。もっとも、僕は開発の現場を十分に見た人間ではないので勘違いしている可能性は否めません。


3)企業と大学のありかたの見直しと若手への支援
開発といっても既存の知識だけでは分野は衰退してしまいます。また、当たり前のようですが応用的な研究開発には機械ではなく人間が必要不可欠です。計算をやるのはコンピュータでも、一連の手順を検討していくのは人間なのです。人がいなくては先端的な取り組みをリードできません。また、研究のあり方も模索されるべきです。自分の経験もあるのですが、少なくとも環境に関心がある人間が地熱がある学部に入って"..."*3という現状は改善すべきです。


まずは大学教員の事務量を削減するところからだと思います。すごいシンプルな事ですが、日本の大学教員は雑用が多すぎます。雑用に忙殺されてぜんぜん自分の研究ができていないケースを何度もみてきて、現在の片田舎でせっせと研究している先生方をみているから断言できます。大学教員が論文を出すインセンティブとそのための事務、教育の負担の軽減を推進するべきです。


誤解している方は多いし、自分も誤解していた部分はあるのですが、日本の教育システム自体は非常に秀逸です。"教育"としては、です。ところが大学院以降の研究の質となるとまちまちになってきます。なぜか。日本の教員の質が低いからでは断じてありません。圧倒的に時間が足りていないのです。もっと高等教育に予算を配分して大学教員が研究に集中できるようにしたら間違いなくアメリカとは比較にならない位の環境ができます*4


また、常に利潤を追求しなくてはならない企業と大学ではできることが違います。開発現場で最先端を走っている企業もありますが、単純にどちらかがどちらかに乗っかるのではなく、大学では本当の意味での教育ではなく、高いレベルの研究ができる環境を整備するべきです。


さらに、研究開発には高度な専門性をもった人間が必要不可欠ですが、そもそも博士に行く人間がとくにこの分野は一部を除いて少ないです。採鉱自体そもそも現場が日本にはないこともあり、僕が所属していた学科ではどこの研究室も博士はみんな文科省から奨学金をもらっている留学生*5ばかりという状況でした。日本では今のところどれだけ学部で勉強を頑張ったとしても大学院で金銭的な余裕ができることはありません。奨学金という名の借金だけで授業料までまかなえるケースはないでしょう。別に日本の研究レベルが低下してもいいのならば、それも国家の選択肢ですが。
"別に修士まででいいじゃないか"というのは、自信をもって断言できますが、現在享受している知識の成り立ちが見えていないだけです。本当に何かを発展させるためには博士レベルまでの学術活動が必須です。修士のまでの数年の勉強では"今までの知見"がぎりぎりです。将来につながる研究開発が可能になるには博士号に至るまでの研究と論文の読み込みが不可欠なのです。そうした人材の育成環境を維持しなくては学問も、産業も成長しません。


4)過去の資産の有効活用
日本では既に全国規模で予備調査が行われています。これを活用しない手はありません。調査以前はお金でも買えなかった情報が、現在既に手元にあるわけです。まずはある程度地域を絞り込んで実際の地熱開発まで必要な過程を省力化できる方法を模索してよいと思います。ムダな調査費用は計上すべきではありません。
資源開発の手順自体は概査から精査にいたるまである程度段階的な要素は既に確立されているわけですが、地熱開発における調査と開発との相関はまだまだ改善の余地があると考えています。さらに、過去行われた調査もあまりに膨大すぎて全貌がつかみづらくなっています。情報の総括が必要だと考えます。


例えばNEDOが公開している地熱開発促進調査をデータベース化するのはどうでしょう...と考えていたのですが、たった今、公開されているPDFをEvernoteに貼付けたら手書きでも認識してくれると気づきました。こうした先端的な情報技術を格安で利用してコスト削減につなげる発想は重要だと思います。


5)認知度の向上
"なぜ日本では地熱開発が進まないのか"的な議論で毎回毎回言われるのになおざりにされてきた点です。これは想像以上に重要です。かつて鹿児島の進学校に海外ポスドクの方と一緒に出前授業に出向いた折に高校生が全く地熱発電をしらなくて驚愕した記憶があります。近くに山川地熱発電所があるのにも関わらずです。
"石油, 石炭, 天然ガス, 原子力, 水力"の現状では致し方ない事ですが、地熱は自然エネルギーではトップの発電量を誇ります。最大にして松川地熱発電所以来長い歴史を持つ地熱発電所ですが、一般の方々の後押しの声が必要不可欠です。エネルギー問題はみんなの問題。専門家だけのコンセンサスでは推進できる筈がありません。国の税金を少なからず使うのですからなおさらです。


地熱発電の可能性自体は非常に大きいものですが、開発スパンは10年以上に及びます。そう簡単に発電量をふやせる訳ではありません。継続的な周辺地域のみならず一般の方々の理解が必要不可欠だと思います。


今でこそ全国的、世界的な名声を確立した宮崎アニメですが、初期の頃はマイナーな作品*6でした。"風の谷のナウシカ"以前の"天空の城ラピュタ""魔女の宅急便"等は今でこそ1~2年に一度はオンエアされますが、公開当時は今ひとつだったようです。それが広告のあり方*7を見直す事で高い関心をもたれ、作品のクオリティも手伝って現在に至る訳です。地熱も100%エコではないにしても短所を補ってあまりある長所があるのですから、広報活動を積極的に展開してもいいと思います。


効果的な宣伝方法としてはまずは学校教科書に地熱に関する記述を働きかける*8他に、真山仁の小説"マグマ"をドラマ化するのも一つの手でしょう。ちょっと汚い気がしますが、地熱エネルギーの認知度が低い現在、下手な宣伝広告よりよっぽど効果的だと思います。ただし視聴率が稼げないと逆効果かも知れませんが....


マグマ (朝日文庫)

マグマ (朝日文庫)


6)安全の徹底
火山の熱水系を甘く見てはいけません。火山系の学者には普賢岳火砕流に巻き込まれた クラフト夫妻グリッケン博士をかなり辛辣に批判する向きがあるようですが、実際には火山の研究には相応のリスクが伴います。日本の地熱開発においても90年代開発直前までいったプロジェクトが掘削時の火山ガスの噴出による事故で頓挫したことがあります。普賢岳の例は亡くなられた方が非常に多いため簡単な比較は出来ませんが、決して地熱エネルギーにとってもあの話は対岸の火事ではないのです。
RDF発電もんじゅ等、かけだしの技術が死傷者を伴う事故によって著しい遅延または中止に追い込まれた事例は多々あります。地熱開発も環境に低負荷を謡っている以上、通常の発電所以上に安全性を考慮して開発する必要があります。


7)失われた10年の検証
個人的には地熱開発の停滞"失われた10年"は予算の問題でもなければ国策の誤りでもなく、開発現場自ら、もちろん僕自身もが問うべき課題だと思います。既に全国的な調査が行われている中でこの10年一件も開発に至らなかったのはやはり重大な問題があったと言わざるを得ないでしょう。温泉との兼ね合いにしても今から始まった話ではないし、国策から外されてきた中でも予算自体は存在していた訳です。工学分野は宇宙開発などでも政策に左右されがちですが、それでも研究開発サイドからできることは数多くある筈です。


失われたこの10年を外部だけの責任にしてしまっては、本当に無意味な歳月になってしまうと思います。

終わりに

事業仕分けに関しては特に科学分野からは評判が悪いですし、正直僕も改善すべき点が多々あると考えています。が、権力は基本的には腐敗するものです。20年以上も同じ与党の状況で体制が硬直化しないはずがありません。なので現在の政権にはもう少し頑張ってもらいたいとおもっています。中学校の生徒会でもなにかを変えるのは大変なのにましてや国家システムなんて一年や二年では無理だと思います。
矛盾するようですが、政治だけに期待するのは間違っています。K先生の受け売りになってしまいますが、現実にどう対処するかは個人個人の行動なのです。失われた10年の意味を外ではなく専門家の説明責任や研究のありかたなどを問い直すなかで見つけていくことがこれから求められているのだと思います。


個人的な事情から、僕が日本の地熱開発の現場に戻る可能性は殆どないし、こちらで生き残れる可能性もそれ以上に少ないですが、案外日本の地熱開発の先行きは明るいのかもしれません。


追記
とりいそぎまとめた形になってしまったので数値的根拠に乏しい提言になってしまいました。サポート情報はおいおいブログにアップしていこうと思います。

*1:NHKオンデマンドで探してみたのですが、ないようです。よく分からない動画共有サイトにはアップロードされているフシがありますが、多分やめた方がいいでしょう。

*2:地熱の掘削は一本あたり2~3億はかかります

*3:地熱分野は採鉱系なので基本的には環境と相反する内容を学ぶ事になります

*4:工学などでも機械系などは比較的予算があるようですが....

*5:といっても向こうでは先生位だった人たちが大半でしたが

*6:そもそも子供連れ以外に劇場でアニメを見る時代ではなかったこともあります

*7:もっとも積極的なPR活動は宮崎アニメに限ったことではないとおもいます。

*8:政治的意図のあるこうした教科書制作への圧力は必ずしもいい結果をもたらさないのですが....