Kalessin Action ― The Never Ending Endeavour ―

地震・火山専門の研究開発員のブログ。あららぎハカセ(理学)。つくばで高いところに行くモノ🛰の中身を作ってます。

世界一熱い思い -IDDP(Iceland Deep Drilling Project)- [3]

マグマ発電というカテゴリー

前回の記事を書いてから随分時間がたってしまいました。せっかくなのでこういう話があるということだけでも知っていただけたらと思います。


世界一熱い思い -IDDP(Iceland Deep Drilling Project)- �

  • 最初の記事ではプロジェクトの目的について書きました。

世界一熱い思い -IDDP(Iceland Deep Drilling Project)- �

  • この記事ではマグマ周辺のエネルギー開発を中心に書いています。



地熱の分類


地熱発電と言っても温度や用途によっていろいろあります。実は欧米では地中熱利用といって、地下の温度が一定であることを利用して空調に利用する技術が結構普及しています。日本では地質が複雑なこともあって試行錯誤が続いていますが、導入ケースももちろんあります。通常の地熱発電は日本では10年以上前から開発されていないのですが、バイナリーと呼ばれる中規模の発電所導入は八丁原をはじめとしていくつか例があります。最近まで研究されていた未利用の地熱発電としては高温岩体発電というものがあります。こちらは研究は終了して、今は採算性をとれるように技術開発が進められているところです。日本では雄勝、オーストラリアではクーパーベイズン等で実証プラントが運転中です。もっと詳しく知りたい方はいい参考書がありますのでよかったら図書館などで手にとってみるといいとおもいます*1


日本列島は地熱エネルギーの宝庫―あなたも今日から地熱博士

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最新の地熱エネルギー入門決定版。地熱に興味のあるひとは是非


火山の熱システム―九重火山の熱システムと火山エネルギーの利用

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僕と熱く語り合いたいような激マニア向け。よほど火山を愛している人以外はあまり勧めません。


しかしまだ完全に研究段階の領域を出ていない地熱エネルギーもあります。"火山発電"あるいは"マグマ発電"というものです。これは日本でも90年代に、高温領域からの熱抽出を想定した実験や論文が出ていますが、マグマ周辺の物理環境の知見が必要不可欠ですので未だ理学と工学の境界に位置する分野です。地球上でこれに関する研究を行なっているプロジェクトはただ一つ。それがIceland Deep Drilling Project (IDDP)であるというのが前回までの記事でした。今回は科学的な意義について書き、まとめとしたいと思います。


科学的な意義について

IDDPは非従来型の地熱エネルギーの開発の他に、もう一つ大きな目的があります。それは海嶺における熱水系の発達です。実はアイスランド大西洋中央海嶺というプレートがアメリカおよびヨーロッパ方向に分かれていく場所にあります。こうした部分では頻繁に俗に言うブラックスモーカーという熱水活動が活発な場所が頻繁に見られます。イメージのわかない人は海底火山の一種だと思っていただければスケールなんかはあっています。そのプロセスを実際のサンプルを元に議論できるのは非常に科学的に価値の高いことなのです。僕が現在メインに担当していただいているのはバリバリの海洋物理学者(地震なのですが、"中央海嶺の熱水系"というくくりでは共通項があるので自分の研究の幅をかなり大きく広げることが出来ています。


マグマ溜まりという概念は多分誰でも知っている用語だと思うのですが、そのプロセス熱水系との関わりともなると、不明瞭な所がまだまだ多いのです。通常の地熱発電は一応熱源はマグマだまりなのですが、マグマだまりの出現から熱水系の発達過程、地熱貯留層の発達までのプロセスはブラックボックスとなっています。正確に言うと個々の現象についてはかなりの集積があるものの、それを一連のシステムとして体系的に理解する研究が発展途上にあるといったところでしょうか。現在の地熱発電では地熱貯留層には定量の熱水が供給されるものとして計算を行い、持続可能な発電を可能にしています。
“そんないい加減な”と思われるかもしれませんが、マグマだまりが地下水を温めて地熱系を形成するのは数万年単位の現象なので、地熱発電のように数10年のごくごく一部分(マグマが温める熱水全体に比べればの話です)の利用にはこれで十分位の計算ができるのです。
マグマ周辺の熱水系の発達のシミュレーション自体は70年代後半から既に行われているのですが、実際に4-5kmのサンプルを入手することは困難であることや、シミュレーション自体が発展途上だったこともあり未だに数値モデルと実際の現象には大きな隔たりがあります。そうした観点からもIDDPは非常に重要度の高い研究なのです。


実はクラプラの地熱発電所はマグマに近いところにあって、火山が噴火した折になんと火山岩が地熱坑井(”ちねつこうせい” : 地熱発電の蒸気を取り出す井戸)からでてきたという逸話があります*2アイスランドはこのようにマグマと地熱の距離が比較的近く、学問的にも実用的にも非常に面白い場所です。

海底熱水系の概念図。マグマによって温められた熱水やそれによって化学成分が運ばれ鉱物が生成するかは非常にメジャーな研究分野。ただし、熱水の領域の拡大過程などはまだまだわからないことが多い。小さい地震もよく起こるので海洋物理学者にとっても熱水系は重要。


陸上の熱水系とは別のコミュニティーになるのですが、海洋学者にとっては海嶺下のマグマ(軸マグマとか言われたりします)周辺も熱水系の活発な所であるため、現在実際の塩分濃度に基づいた数値シミュレーションがよく行われています。また、地震学的*3にも熱水系のありかたについては非常に関心をもたれています。とはいえサンプル自体は海底からのみですので、今後研究次第によってはIDDPの研究成果がこうした一連の研究必要な情報を提供してくれるかもしれません。


おわりに

よく科学の現場から遠い人たちは“これがなんの役に立つのですか”という質問をするし、僕も大概大学入りたて位の頃まではそういう意識を特に理学方面に持っていました。このIDDPの例はやや極端ですが、最先端のテーマは問題設定次第では本当に実際に役に立つ(非従来型の地熱エネルギー開発)こともあるし、科学的な側面でも大きく貢献(海嶺型熱水系や深部熱水系の解明)することもあるのです。ちょっとでもそういった雰囲気が伝わるとうれしいです。


熱心な人はもうICDPのサイトを訪れて、ひょっとすると主席研究者の名前もご覧になったかも知れません。実はこのプロジェクトの共同主席研究者の方の一人は大学教授をされていた日本人です。しかし、ほんの数年前、不幸な事故で亡くなられてしまいました。彼が亡くなられた後、日本とIDDPの研究開発レベルでの関わりは途絶えています。
人間一人の人生です。色々考える方もいらっしゃると思いますが、研究者のスタンスとして亡くなられた人のために研究をするのは少し違う気がします。


この世界は今生きている人が作り変えていかなくてはならないものです。


それでも尚、僕はいつか自分の研究で彼の人生に返せるものができたらなという思いはあります。感傷的だと思う方もいらっしゃるかもしれませんし…今はまだ力不足です。ですが、いつかきっと。


地熱エネルギーの開発には非常に長い時間がかかります。その時間に比べて得られる電力はごくわずかです。しかし、一度発電までこぎつければ非常に長期間安定した電力を得ることが可能です。このIDDPがどういった帰結を迎えるかはまだだれにもわかりません。また、従来の地熱にしても、マグマ発電にしても、自然が豊かな地域の環境破壊を伴います。人間社会がどのみちある程度の環境負荷を伴うので、選択肢を増やそうとする持続的な試みは重要だと思います。長い時間がかかりますが、ゆっくりとでもいいのだと思います。


IDDPの科学グループはAGUのポスターセッションで毎年4〜5個分のスペースを占拠してプレゼンやっているので地球科学関係の人は興味がありましたらお立ち寄りください。どうもアイスランドがらみの情報に詳しい方たちが結構たむろしている模様ですので、こっそり聞くだけでも面白いと思います。尚僕がつったっているという保証はないです。

*1:僕に聞いてもらってもかまいません

*2:中村一明 火山とプレートテクトニクスppt139-155 

火山とプレートテクトニクス

火山とプレートテクトニクス

 

*3:注:微小地震です。津波とかが起こる地震とはまたカテゴリーが違います