Kalessin Action ― The Never Ending Endeavour ―

地震・火山専門の研究開発員のブログ。あららぎハカセ(理学)。つくばで高いところに行くモノ🛰の中身を作ってます。

世界一熱い思い -IDDP(Iceland Deep Drilling Project)- [1]

 IDDPというと、何も知らない地球科学関連の学生は


あの、日本のでっかい掘削船のことですよね?


 とつぶらな瞳で返してくる。が、それはIODP(Integrated Ocean Drilling Program)である。


これは“ちきゅう”です。IODP公式サイトより。
 IDDPとはIceland Deep Drilling Projectのことである。ちきゅう(日本の掘削船、先の事業仕分けで予算減額の憂き目にあったやつである)もIDDPも国際掘削計画の一環として行われているので、まったく的外れではないのだが、科学プロジェクトそのものはぜんぜん別物である。そもそもIDDPはICDP(の国際掘削計画)の事業である。一般の人向けにわかりやすくまとめられた資料はサイトはBBCのものだろう。僕もこれでIDDPのことを知った。火山エネルギー関連の研究は実は70年代に活発に行われていて、アメリカではMagma Energy Programというかなり規模の大きいプロジェクトが立ち上がっていたのだが、エネルギー価格の下落により、立ち消えになってしまっていた。地熱の研究をやっていたのだが、海外で何かこういったことがないかと探していたら、やっぱりあったのである。実はこれには大きな地雷があって、結局不可抗力で踏むことになってしまったのだが、このページを見つけて当時の教授と話した時は、そんなこと知る由もなかった。


Drilling into a hot volcano
IDDP Intdoruction
 
 従来型の地熱発電は2-3km程度の構成から臨界前の地熱流体、温度で言ったら250℃程度の流体を地熱貯留層と呼ばれる熱水をためやすい地質構造の部分から生産するのだが、このIDDPがターゲットにしているのは4-5km程度の深部、温度で言ったら450℃以上の高温領域である。
 少し地熱に詳しい人や、TIMEなんかをとっている人はGeodynamics社やオーストラリアの研究機関が行っているオーストラリア・クーパーベイズンの高温岩体発電(Hot dry rock geothermal energy)計画を思い出す人もいるかもしれない。が、あれはマグマがらみではない。Hot dry rock geothermal energy(HDRとか略される)は現在概念を拡張したEnhanced geothermal energy(強化地熱発電とかいう訳され方をしている。もうすこしスマートな訳語が欲しいところである)という呼び方が一般的になっている。このIDDPも一種のEnhanced geothermal energyには違いないのだが、ターゲットにしている流体が火山性・超臨界であることなどから別物と扱ってよいだろう。



IDDPのサイトより。

 
 温度・流体相の違いもさることながら、IDDPは流体生産から発電に至るまでの考え方が従来の地熱発電とは違う。先述のBBCのサイトの説明を引用すると、

  1. 従来より高温高圧の領域から流体生産を行うことによって発電効率を10倍程度に上げる
  2. 超臨界流体の性質を利用してレアメタル類の生産をも目指す


 僕もいかんせん勉強中なので実際にどういった科学的手法(計算その他)を用いているかはどこかできちんと押さえておく必要があるが(このあたりは多めにみてほしい)、いずれにせよ、違う枠組みの地熱発電を目指しているというのはなんとなくわかっていただけると思う。
 この手の掘削でカギとなるのは地熱流体です。実は日本も90年代この手の掘削事業では先駆的なことをやっていて、岩手県の葛根田という(余談だが、草津の騒ぎがあった際町のお偉いさん達が視察した場所の一つである。)場所で高温領域の掘削に成功している。このときWD-1という坑井(”こうせい”とよみます)で測定された500℃というのは世界最高温度である。今現在この記録がどうなっているのかはわからないが、問題はなぜこの計画がそれきりだったかということである。地熱流体の生産がなかったのである。厳密に言うとおそらく、発電等の利用に適切な量が生産できなかったということだと思うのだが、地熱流体が生産できなくては地熱資源としてはダメなのである。余談だが、よく“コストさえなんとかなれば資源になる”という下りを聞くが、実はコストが資源か否かを決めるのである。経済性が伴わなければ資源は、資源ではないのである。このあたりの資源問題の基本的ではあるがあまりに致命的に強調される誤解を回避できる知識は資源工学という名の地球環境破壊工学を学んでよかったと思える数少ないメリットだった。

 僕が今現在確認している限りではIDDPについて真面目にとりあつかった日本語の記事はないし、日本での高温岩体発電は秋田県雄勝というところでの比較的小規模なものだけである。このあたり、Googleが去年Enhanced geothermal energyに投資すると発表するなど、研究開発が活発なアメリカとは温度差を感じるところである。
 もう少し詳しい話はFridleifsson, G.O., Elders, W.A., The Iceland Deep Drilling Project: a search for deep unconventional geothermal resources,Geothermics(2005)にまとめてあるが、いかんせん大学・研究機関以外の人間は入手できないし、僕がアップロードしたらElsevier社を敵に回すことになるのでやめておきます。ちなみに先日アップした写真はIDDPの首席研究者Elders教授のものです。彼はあの写真でみるとすごいごつい感じがするが、実際AGUでお会いすると白雪姫の小人を3D化したような印象をうける人だった。ただし、ひげの迫力はリアリティをやや超えていた気がする。先述の巽先生といい、Manga先生(ハリウッドスターみたい。半径10m位の雰囲気が変わる。)といい、世界レベルの科学者のオーラは容姿にも出るものなのだろうか…。


IDDPのイメージ図。おおざっぱなところなので地形など細かいところはきちんと書いていません。ご了承ください
 本気で興味ある人はIDDPのサイトに報告書が掲載されているので、そちらをあたってみるとよいかもしれないが、量が相当ですし、英語なので、ちょっと分野が遠い人だと分かりにくいかもしれないので、このあたりは概要をかいつまんで説明していきます。
 Wikipediaにあるマグマ発電はEnhanced geothermal energyのこととやや混同して書かれてあるが、60億kW(6000GW)というあの試算のターゲットに一番近いのがこのIDDPである。ただし、マグマ周辺のシミュレーションを2年経験して、今現在、マグマ・地震・熱水の関わりを分野をかえて真正面からやっている人間からすると、マグマ周辺のエネルギー開発はそんなに甘い夢物語ではない。現実にIDDPは10年近く掘削事業を続けているがいまだに超臨界流体の生産にたどり着いていない。が、発電という経済的なメリットだけでなく、マグマ周辺の実際的な理解につながるのがこのプロジェクトの大きな意味の一つなのである。このあたりはまた書きます。 

本家IDDPのページ
ICDPサイト
ICDPサイト内ブログ